採点競技の課題。玄人目線に偏ればいずれ種目は衰退する

ソチ五輪が開幕しましたねー。
ロシア人の多い職場なので、みんながショーの合間を縫っては試合を観戦してます。
SochiとShoichiが似てるってことで、
一瞬あだ名がSochiになりそうだったり…。

さて、世間は五輪で盛り上がってるけど、
縄跳び界は「全日本ロープスキッピング選手権大会」で盛り上がった。

この前の帰国の時に全選手のフリースタイルが入ったDVDをいただき、楽しく観戦。
中里さん、本当にありがとうございます。

んでもって一人だけ、
その演技に素直に驚いた選手がいた。

彼の名前は柳下誠。
前にもこのブログで紹介したかな。
なんとびっくり、彼は自分の演技を見て縄跳びを始めてくれたとのこと。

、、、そういえば2006~2008ぐらいまでの演技始まり、スペシャルウォークだったなぁ(笑)

全選手を通じて、唯一彼だけだった

一通り今年の全日本の演技を見せてもらって、
50選手以上の中で彼だけが成し遂げたことがある。
それは、

演技中に会場から拍手を貰うことだ。

他の選手も演技の終わりには拍手を貰っている人が多かった。
しかしどうだろうか、柳下選手のように演技中に会場を包む拍手を、
彼以外は誰一人として取ることが無かった。
(※)映像に載ってないだけであったかもしれないけど。

さらにすごいのは、拍手を貰ったタイミングの彼の動き。
柳下選手はポーズや間を一切使っていない。

演技中に止まる動きを挟むことで、演技の流れに「間」が出来る。
するとお客さんを意図的に拍手へと導くことができる。
これはお笑いでも使われてる手法で、自分もステージでたまに使う。

だが間の拍手は、個人的にはあまり好まない。
なぜなら半分はお客さんの意思だが、半分は演者側の誘導だから。

「間」を使わないで拍手を貰うというのは難しい。

それは「お客さんを引き込み」「期待を持たせ」「その期待を上回る」のように、
「観客とのコミュニケーション」の上にしか成り立たない。

話を戻すと、
柳下選手はこの「コミュニケーション」がばっちり出来ている。
だからこそ自然と演技の中で拍手が広がっていったのだ。

演技中にここまで観客とコミュニケーションが出来るのは、
師匠のSADAさんをも彷彿させる。

まぁ…けどね。

悲しいかな、観客を楽しませる演技というのが、即ち「競技として良い演技」とは限らない。
当然のことながら、競技にはルールが存在する。
ルールに沿って演技を作らなければ勝つことはできない。

柳下選手はフリースタイルで3位という素晴らしい結果でこそあるが、
この演技が世界選手権で優勝できるかと言えば、答えはNOだ。

2007年の大改編後のルールに自分は疎いのだけど、
誤解を恐れずにザックリいえば、

いかに失敗なく、
できるだけ沢山の種類の、
難しい技を、
時間内に跳べるか

がロープスキッピング競技のルールだ。
本当はもっと細かくあるんだけど、今回は省略で…。

んでもってこのルールに照らし合わせると、
柳下選手が観客の心をつかんだ瞬間、
構成点で評価はされても、それが決定的な勝機になるかは怪しい。

ルールは、目指す演技を規定する

これはここ数年ダブルダッチ界でよく聞くだけど、
どのチームも演技構成が似ていて個性が無い、と。

言われてみると、一部のチームを除いては似通った演技は多いよね。
音楽と跳ぶ人こそ違うけど、なんだろう、雰囲気?
曲調が近いってのも要因の一つかもしれない。

でも考えてみると、これって当たり前なんじゃないかって思う。
だってみんなルールに従って演技を作ってるんだもん。
個性を前面に出して、ガッツリお客さんの心を掴んだところで、
果たして大会で勝てるかと言えば別問題。

ちゃんとルールを読んで、その中に記されてる要求を踏まえて演技を作る。
そりゃ同じゴールを目指すんだから、似通った演技が増える。

これは単縄でも同じこと。
聞いた話では、ルールに則って満点を狙う場合、
75秒の制限時間内に、60個ほど技を入れる必要があるらしい。
ポーズとか移動を考えると、ほぼ1秒に1つの技を入れる計算になる。

アクロバット系の技、たとえば宙返りとか倒立なんて1秒じゃできないし、
殆ど演技中は跳びっぱなし。
んで、何とか点数を稼げる「構成」や「組み合わせ」をみんなが考えていくから、
必然的にやる技も構成も似てくる。

みんなが必死で研究した結果として、演技が似てくるのだ。

★★

反感を恐れずに言えば、
競技はいかにルールに則って正確に演技ができるか、を競う場所だ。
長野五輪のフィギュアスケートであったバク宙事件だって、
ルールで禁止されている以上は失格になっても文句は言えない。

夏目三久が番組中に涙した「異端なフィギュアスケート選手」 | ガールズちゃんねる – Girls Channel –
スルヤ・ボナリー – Wikipedia

なかには荒川選手の「イナバウア」のように、
「観客を引きつけるような個性」を放ちながら優勝できたケースもあるかもしれない。
でもこれってかなり稀なケース。

やっぱ、
フィギュアの選手はスピンを跳ぶだろうし、
単縄の選手はTS系の技を入れるだろうし、
ダブルダッチはハリーステップを入れる。

悪いことじゃない、だってそれがルールなんだから。

採点競技に進んでもらいたい方向(願望)

採点競技である以上、ルールに従って演技を作れば似通ってくるのは仕方ない。

こっからは個人的な要望だけど、
ルールは多くを求めすぎないでほしい。

細かく規定すればするほど、要求が増えれば増えるほど、
演技はドンドン似てくる。
だって時間内にやるべきことが多いんだから、効率的にこなす方法は限られる。

なんなら要求を少し抑え目にして、
「技の質」を採点する方に重点が行かないかな。

縄跳びの世界で言えば、
たとえば「面ハリー」の時にお客さんを見てるのと、足元を見てるのじゃ難易度が違うよね。
縄技の時の「縄の張り」とかは細かすぎるかな。

単縄だと、技の対してジャンプが十分かとか、
縄に対して身体を合わせてるのか、身体の動きに縄が合わせられてるか、とか。

「質」を求めるルールなら、観客が観てても楽しくなる。

フィギュアの美しい回転、
体操競技の優雅な伸身宙返り、
繊細に揃ってるシンクロの足技、

見る人を楽しませることを意識した「質」を、もっとルールで取り入れてほしい。

★★

この世界に居るからこそかもしれないが、Adriennも似たようなことを言ってた。
観客を楽しませることができない採点競技は生き残れないって。

この点で、
今回紹介した柳下選手の演技は素晴らしかった。
しかし、まだまだこれらの演技を評価しきれない競技ルールがあるのも事実。

手軽に出来てこんなに広がってる縄跳び。
競技としての素質は十分にあると思う。

将来、縄跳び競技をオリンピックにするためにも、
ルールをもっと「外向き」にすることを切に願いたい。

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