なぜダブルダッチを普及する?なわとび講演会「ようさん」の話が熱い

京大で縄跳びを頑張っている「おかもっちゃん」という縄仲間がいる。
MTTRというなわとび・ダブルダッチサークルを立ち上げて、関西を中心に活動をしている。

先日彼が開催した、「なわとび・ダブルダッチ講演会」がムチャクチャいい話だった。
おかもっちゃん本人が話をしていた「考えるということ」も興味深かったけど、
「ようさん」という方が講演されていた

「ダブルダッチを考える」

がスゴイ。
普及や子供への指導、チームのあり方など、ダブルダッチを超え、
縄跳びに関わる一人として考えさせられる話だ。

なわとび・ダブルダッチ講演会 3. よう ~ダブルダッチを考える~

講演なので30分と少し時間が長いが、
十分にその価値があると思う。

前半がダブルダッチの普及や指導について、
後半はどんなチームが勝つかや演技についての哲学。

中でも自分が感銘を受けたのが子供への指導、普及活動の話だ。

- 普及活動の意味とは?

ダブルダッチを普及させると言って、何をするのか?を問う内容。
一番耳が痛かったのが「体験会」と「普及」が違うって話。

ダブルダッチは縄を回すのが難しい。
だから小学校とかで指導に行くと、上手な人が回して子供を跳ばせるっていうプログラムが一般的だ。

でもこれってただの体験だよね?と、ようさんは疑問を投げる。

確かにその通りだ。
その日限りの体験会をしただけでは子供たちだけでダブルダッチをできない。
類似した内容を自分も先日記事にした。

ダブルダッチを学校体育で広めるのに必要だと思うこと – なわとび1本で何でもできるのだ

ようさんは、
「体験会をして喜ぶのは指導者本人と保護者だけ」と言い切る。
痛いところを付かれたもんだ。

- モノマネをさせるのか?表現をさせるのか?

最近のキッズは大人の真似を見ているようだと言う。
大人のカッコいいと思うもの、作られた価値観を子供に真似させているだけなんじゃないか?とようさんは疑問を投げかける。

表現とは強制され、真似させられた振付のことを言わない。
大人であろうが子供であろうが、個々の内側から湧き上がってくるものだ。

たとえば振付1つにしても、動く本人が主体となるものは表現だろう。
しかし与えられた動きだけで大人の真似ごとをするのはどうなのか?
与えられすぎ、教えられすぎが、
子供の発想力や創造性を阻害するのだと、ようさんは続けた。

言われてみると、
キッズの大会で上位入賞するチームは「大人っぽいこと」をするチームが多い。
大人のチームができることを、子供でもできますよ!ってメッセージが強いともいえる。

勝負の世界ゆえに一概に「真似が悪」とは言い切れないが、
真似ごとしかできない子どもは、真似ごとしかできない大人になると思う。

- まとめ

30分と聞いて少し躊躇したけど、
話を聞き始めたらあっという間に時間が過ぎていた。

後半のチームに関する哲学は、
現役のダブルダッチャーは知っておいた方がいいと思う。
アクロバットばかりに偏る演技は自分も好きではない。

もう一度、いや何回も、
じっくりと聞きたくなる話だ。

素晴らしい企画をありがとう!!

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この記事を書いてる人


縄跳びパフォーマー 縄のまっちゃん
 ※本名:粕尾将一(カスオショウイチ)

全国の学校やイベントで縄跳びをつかったパフォーマンスや出張なわとび教室を行い、子ども達に運動の楽しさを伝え笑顔を引き出す仕事をしています。

【略歴】
全日本チャンピオン、アジアチャンピオン、世界大会6位。2010年よりシルク・ドゥ・ソレイユ常設ショー「La Nouba」に6年間約2500回の長期出演を果たす。