海外のスポーツコーチングで必要な3つの能力

FCバルセロナ ナイキ コーチング セッション  堺トレセン - 11

覚悟を持って臨まないと、何も教えられない。
スポーツの知識があっても撃沈するだけ、
たった45分のコーチングで痛感した。

ラヌーバの改変に伴って、縄跳びをコーチングする機会が増えた。
単縄だけじゃなくてひろーい意味での縄跳びだから、自分も正直詳しくないことがある。
たとえばダブルダッチなんかはその典型。

しかし、
この場所で「教える」という立場を取る以上、
入念な準備と覚悟を持って臨まなければ、簡単に場が崩壊することを知った。

日本で縄跳びを教えていた時代。
対象のほとんどは小学生や中学生だった。
たまーに大人向けの講習、つまりは「学校の先生向け」の講習会もやらせてもらった。

先生方は真剣に取り組んでくださるし、
教える側としてもすごいやりやすい。

でも、
やりやすいってのは、実は危険な事だった。

先週、ラヌーバ内の有志にダブルダッチの講習会を開いた。
もちろん全員が初心者だから、基本から教えていった。
普通に跳ぶとか、入る、抜ける、回す、みたいにね。

この中で「日本の先生方」と「ラヌーバのアーティスト」で決定的に違うことがあった。

それは質問の仕方。

「何でこれじゃダメなんだ?」
「私は正しくやっているのにどうしてできないの?」
「この練習に何の意味があるの?」

よく言えば積極的・意欲的。
悪く言えば「逆ギレ」気味・・・(汗)

それはそれは、質問攻めだった。

グチャグチャ言わず、回数こなせボケェ!!

なんて心の声は、もちろん通じるわけも無く。。。

もうさ、質問の内容が日本だと考えられないんだよ。

「何で出来ないの?(強い口調で)」
「どうしてこのやり方はダメなの?(キレ気味で)」
「あの人がダメだから出来ない(ケンカ腰)」

なんてのがほとんど。

こっからは個人的な想像だけど、

日本は「師弟関係」に象徴されるように、
「教える人」「教わる人」に明確な上下関係があったと思う。
今でこそ少なくなっているのかもしれないけど、教壇があった時代は特に「先生=尊敬の対象」だったと思う。

もとより、日本以外の国には「上下関係」みたいなものは存在しない。
だから横並びの関係としてガンガン質問をしてくる。

さらに「自分の意見を主張すること」に慣れている彼らは、質問の内容もキツくなりがちだ。

日米教育の比較:小さな疑問、大きな問題
日本とアメリカの学校の違い

まさに、ここにも書いてあるように、

「教師は準備を万全にしないとダメ」
「曖昧なことはいえない」
「完全なる成果主義」

って感じなんだよなぁ。。。

たしかに疑問を持って意見を述べてくれるのは良い事。
教える側の怠慢が許されない、厳しい授業現場というのは悪くないと思う。

でもさ、
「自分が出来ない理由」を半ギレで質問してくるのはヤメテほしいなぁ。
あとは自分の正当性をキレながら主張するのとかね。

今回のコーチングを通じて、海外でのコーチの役割が全く違うことを痛感。

もちろん専門知識は一部必要だけど、

教える人をなだめる、
上手に練習に参加させる、
飽きさせずモチベーションを維持する

こんな力の方が、圧倒的に大切。
上手に怒りをおさめる「コミュニケーション能力」もね。(笑)

彼らは合理的に成果を望むから、
的確に教えないと即座にやる気喪失。

根気よく長い時間反復練習をして・・・。

日本人がこういう分野・種目を得意とする理由が、
何となく分かった気がする

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この記事を書いてる人


縄跳びパフォーマー 縄のまっちゃん
 ※本名:粕尾将一(カスオショウイチ)

全国の学校やイベントで縄跳びをつかったパフォーマンスや出張なわとび教室を行い、子ども達に運動の楽しさを伝え笑顔を引き出す仕事をしています。

【略歴】
全日本チャンピオン、アジアチャンピオン、世界大会6位。2010年よりシルク・ドゥ・ソレイユ常設ショー「La Nouba」に6年間約2500回の長期出演を果たす。