センスとは「モノマネ力」である

センスのある奴は存在する。

 

センスのある奴ってのは飲み込みが早い。
センスのある奴ってのは上達が早い。

センスのある奴ってのは…ちょっとムカつく(笑)

ではセンスのある奴ってのは一体なんだろうか?
今回のダブルダッチのトレーニングで、恐ろしいセンスを発揮したアーティストが居た。
彼の上達するスピードは他を圧倒し、同じ練習量で数倍以上と思えるほどの成長を見せだ。

そんな彼の姿を見て、センスとは何かを考察してみた。

先に書いておこう。
今回考察したのは「運動」に関するセンスの話。
ファッションとか仕事とか多方面でセンスって言葉が使われてるけど、今回は運動習得が平均よりも早いことをセンスとして扱っている。

ちなみに、
今回の考察を通じて自分はセンスが無いなぁ…と、打ちひしがれたのは内緒である。

 

- センスのある奴はモノマネが上手い

つい先日、アメトーークでものまね芸人をやっていた。
お笑い大好きな我が家では腹を抱えて笑った。

実はセンスのある奴ってのは、このモノマネがとても上手い。
もちろん出川哲朗の声真似ができるって意味じゃなく、
他の人がやっている運動をモノマネする能力だ。

 

運動をモノマネするのは難しい。

 

とくにそれが技術を必要とする運動だと結構たいへん。

たとえば「2重跳び」を思い浮かべていただきたい。
このブログでも人気記事の一つになってる二重とびの練習だが、
一見すると縄を空中で2回まわしてるだけ。
見れば誰にでも理解できるし、おそらく大くの子どもたちはこのブログの練習方法で習得してくれたことだろう。

 

だが3重とびはどうだろうか?

 

2重とびにもう一回加えるだけ。
見ればだれでも理解できる。
でも、できない。
これがモノマネが難しいということだ。

同じことは別の運動にも当てはまる。
ボールの投げ方然り、走り幅跳びの踏切然り、
見るとできそうなのにできない運動って、いくつもある。

 

★★

 

ではセンスのある奴はなぜモノマネが上手いのか?

奴らは憎たらしいことに、数回見ただけで上手に真似をする。
他の人が時間のかかるところも一気にすっ飛ばして習得してしまう。

これは本人たちが意図しているかは別にして、
動きを分析する能力、身体に反映させる能力に優れているからだと思う。

 

モノマネをするにはまず、対象になるものを観察することから始まる。
次にどのような特徴があるのかを見つけて、
掴んだ特徴を自らの身体に反映させて実際に動いてみる。

これが一般的なモノマネをする過程であろう。

 

センスのある奴らはこの過程の速度が早い。
もっと砕けた言い方をすれば「カン」が良いのだ。

二重とびの記事で「カン」を体得するためのトレーニング方法をいくつも紹介している。
センスのある奴らは運動を見ただけでこの「カン」を瞬間的に理解、把握して、自らの身体で再現することができる。
しかも憎たらしいことに、センスがある奴らは自分の身体が今どのように動きているかを認識する力に長けていて、鏡や映像を見なくとも、どの動きに問題があるかをいち早く発見することができる。

 

これはもはや、持って生まれた才能だ。

 

- 凡人はどうやってセンスを磨くか

生まれ持ってセンスのある奴らが居るのは、これは仕方ない。
ではどうやれば奴らのような「センス」を身に付けることができるか。

それには上記の能力を磨くことである。

 

目の前の運動を見た時、

どの部分を動かしているのか、
どのぐらいのスピードなのか、
速度は一定なのか、不規則なのか、
リズムはあるのか、
別の部位との関係性はどうなっているのか、
呼吸はどうなってるか、

・・・
・・・
etc…

 

とまぁ、運動を可能な限り入念に「見る」のである。
そして掴んだ特徴を自分の身体に置き換えて実践する。

あとは映像を見たり、鏡を見たり、
他者にアドバイスを貰ったりして、徐々に修正。

 

自分の身体がどう動いているかを感じることも大切だ。

映像では「今この瞬間」の動きを見ることはできない。
鏡では左右が反対になるし動きを見ながら動く変な癖がつく。
いまこの瞬間に、どうやれば掴んだ特徴に近づけるかを、動きながら感じるのだ。

 

- まとめ

センスとは「動きを分析する力」「自らの身体で再現する力」「自身の身体がどう動いているかを認識する力」の3つで構成されている。

この力を伸ばしていくことで、我々のような凡人にもセンスある奴らに太刀打ちできるようになるだろう。
だが一つだけ凡人に救いがある。

 

センスのある奴らはこれら3つの能力が長けていることも、自分がこれらの過程を通じて運動を習得していることにも気づいていないことが多い。

 

無意識のうち、本人のカンだけで掴んだ「運動の分析」は、言語化がしにくい。
つまり他の人に伝えることが難しいのだ。
よくいう「名選手、名コーチにあらず」ってやつかな。

センスのある奴が「俺はこうやってる!!」って言っても、
具体的にどうやってやってるかを説明することができない。
なぜなら本人も言語では理解してないからだ。

 

反対に我々のような凡人は、丁寧にモノマネの過程を意識する。
あーだこーだ考えながら時間をかける。
この時間こそが「言語化」なのだ。

こうして「言語化」しながら習得した運動は、
その運動を他の人に伝えるときに大きな役割を果たす。

 

そして今度はセンスのある奴らのほうが苦労する番なのだ。

早かれ遅かれ、センスの有り無しにかかわらず、
どこかしらでみんなが一度は苦労するように、うまく出来ているのかもしれない。

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この記事を書いてる人


縄跳びパフォーマー 縄のまっちゃん
 ※本名:粕尾将一(カスオショウイチ)

全国の学校やイベントで縄跳びをつかったパフォーマンスや出張なわとび教室を行い、子ども達に運動の楽しさを伝え笑顔を引き出す仕事をしています。

【略歴】
全日本チャンピオン、アジアチャンピオン、世界大会6位。2010年よりシルク・ドゥ・ソレイユ常設ショー「La Nouba」に6年間約2500回の長期出演を果たす。