熟練者がコーチをするときは「教えたがり」に注意したい

Teaching the youngster to feed

 

- できないことは誰だってツマラナイ

縄跳びを教えるときに一番苦労するのが「新しい技」を教えることだ。
新しい技には繰り返しの練習と失敗が必要で、少しずつ少しずつ出来るようになってく。センスが良くてモノマネのように技を修得する人もいるけど、大抵は繰り返しの練習が必要。

 

けど、出来ないことを繰り返すのって大変。

 

失敗したら気持ちは落ち込む。繰り返し失敗すれば嫌な気持ちが増幅していくだけ。大人であっても無意味に失敗を繰り返すのはシンドイのに、これが子どもとなれば不可能なのは火を見るより明らか。

 

2-3回やっても出来なければ「つまんな~い」の一言で練習を放棄してしまう。

- 教える側は出来ないことを教えたい

できる事をするのは楽しい。失敗する可能性は低く成功する可能性は高いから。出来る技という領域の内側をグルグルと回っているイメージ。内側にいる間は楽しい。失敗してイヤな気持ちにならなくて済む。

 

でも教える側は時にここに矛盾するような方法を取らざるをえない。できる事ばかりやらせても、新しい技を習得するには効率が悪いからだ。

 

前とびをひたすらやっていれば、そのうち弾みで二重跳びができるかもしれない。回数をこなせば無意識に動きが洗練されて上手になるから、交差とびだってできるようになる可能性がある。

 

だがこれは回り道。効率が悪く時間掛かる。考えられた方法ならグッと効率は良くなるし短時間で新しい技を習得できる。教える方の腕の見せどころ的な自負も加わり「効率よく・上手に教えること」を優先しやすい。

 

ここに「教える側」と「教わる側」のズレが生じる。

- どうやって「ダマす」かである

このズレこそが如何に教えるかのポイントになってくる。二重跳びの教え方前とびの跳び方を知識として持っておくのは重要だけど、ノウハウだけを当てはめても生身の人間には届かない。

 

ここで必要になるのがノセる方法、別の表現をすればうまくダマす技術だ。
伝えたい技や習得させたい動きをダイレクトに教えるのではなく、必要な動きの課題を分解して本人たちが気付かないうちに練習を繰り返すようなシステムを提案する。

 

たとえば前とびの熟練度を上げたいとしよう。
「前とびを100回しなさい。」よりも「友達とジャンケンとびで3人以上と勝負しなさい」の方が子どもは食いつく。とくに子どもの場合は集中力が続かないしツマラなければすぐに放棄してしまう。このようなゲーム形式でダマす作戦は有効である。

 

大人だって同じ。
子どもより忍耐力があるとはいえツマラナイことは続かない。如何に楽しく動いてもらい、如何に意図する課題の動きを取り入れられるかが腕の見せどころなのだ。

 

- 自分のヤリカタに固執しない

運動の中に楽しさを見つけるのは、専門にやってる人が一番上手だ。
でも専門の人は「自分のヤリカタ」を教える人にもぶつけてしまうことがある。それで相手がうまく行けば良いのだけど、上手く出来ない相手に対して苛立ったり教えることを放棄してしまったりする。なんで出来ないんだ・・・・と。

 

一歩下がり冷静になろう。自分のやってる運動の何が楽しくて何が醍醐味なのか。もし目の前の人がイヤイヤ顔で練習をしているなら、自らの胸に手を当てて考えてみよう。この人を笑顔にする練習方法があるんじゃないか?と。

自分は、縄跳びが誰でも楽しめるスポーツだと信じている。

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この記事を書いてる人


縄跳びパフォーマー 縄のまっちゃん
 ※本名:粕尾将一(カスオショウイチ)

全国の学校やイベントで縄跳びをつかったパフォーマンスや出張なわとび教室を行い、子ども達に運動の楽しさを伝え笑顔を引き出す仕事をしています。

【略歴】
全日本チャンピオン、アジアチャンピオン、世界大会6位。2010年よりシルク・ドゥ・ソレイユ常設ショー「La Nouba」に6年間約2500回の長期出演を果たす。