海外では『空気が読める』と『コミュ障』はほぼ同じ扱いである

SONYとマッキンゼーとDeNAとシリコンバレーで学んだグローバル・リーダーの流儀

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photo by pedrosimoes7

 

ある時、ドレッシングルームのゴミ箱が溢れていたことがあった。

 

ドレッシングルームとは自分たちの控室、メイクや衣装の着替えをする場所である。ここでは飲食が禁止で、普段はトレーニングルームやグリーンルーム(休憩室)にいるアーティストが多い。なので日常的にゴミが出るような場所ではない。満帆になるのに一週間か、10日は掛かると思う。

 

つまりそれだけの期間、清掃スタッフがゴミ回収に来ていなかったことになる。

 

あなたはだったらこの時どう反応するだろうか?
自分は最初、見かねてゴミを大きなゴミ集積場に持って行こうかと考えた。スタッフとは直接面識もないし、ゴミをちゃんと捨ててくれなんて…ちょっと言いづらい。

 

でもこの方法はここでは少し違うようだ。

 

- 責任を果たしていないことは良くない

別のアーティストともゴミ箱について話をしていた。「あー、今日も捨ててないね」「お、ついに溢れてきたね」なんて具合の笑い話。でもある日を堺に彼らの雰囲気が激変した。

 

ゴミが溢れて座席の近くにまで達するようになった頃、1人のアーティストが「もう笑ってられないね」と至極真剣な眼差して話をし始めた。もう面倒くさいけど自分で捨てに行こうかな?と思い始めた頃である。続けざまに「このことはちゃんと報告しないとダメだ。プロフェッショナルじゃない。昨日までは笑ってたけど、もう笑い話じゃない」と本気で怒りはじめた。

 

いやいや、そんな怒らないで自分で捨てに行けばよくね?と思ったのだけど、そうじゃないらしい。一度やってしまったら今後もその仕事を請け負うことになると諭された。そして建物管理の担当者に報告に行って、すぐにゴミ箱を清掃するように!と強い感じで意見を主張した。

 

たった1日の違いでここまで明確に態度が変わったのを見て、ちょっと面食らってしまった。

 

- 和よりも「善」や「意見」が大切

これはゴミ箱の場合にかぎらず、だ。自分の意見を本当にハッキリ主張する。喧嘩?と思うような真剣な表情で淡々と意見を述べる。オブラートに包むこともあるけど、結構ストレートな表現が多い。ここまでストレートに言って大丈夫なの?とこちらが心配になる。

 

さらにスゴイのは「同僚」や「友達」に対しても同じ感じで意見することだ。
仮に自分だったら「相手がなんて思うかな?」と少しひるんで、回りくどい表現で伝えると思う。ストレートだと「この後が気まずくなるのでは?」と不安だし、波風立たないように無意識に気を遣ってしまう。

 

だが向こうはゴミ箱の件に近い勢いでやってくる。ある時、

 

「なんで私達が縄跳びしなきゃいけないの?」
「ソリストなんだから、アクト中ずっと跳んでたら?」
「そうすれば私達がもっと休憩できるし仕事が減るんだけど?」

 

びっくりした。というか固まった。過去にこれほどダイレクトなクレームを聞いたことはない。

 

やりたくない仕事でも黙って粛々と…そんな価値観は彼らに存在しない。やりたくない、なぜやる必要があるんだ?その説明を求めてくる。この場合はアクトのコンセプトとディレクター、振付の意図があるからダメだという説明をして、ディレクターの意見には原則従うことという契約(!)があるのを根拠に納得してもらった。

 

なんなんだ、このやり取り。
カルチャーショックというのか、文化の違いというのか、受け入れるのに時間が必要だった。

- 意見を言わないと問題になることもある

場合によっては意見を言わないことでトラブルになる。
ある日、ディレクターと打ち合わせの予定を入れた。しかしディレクターは約束の時間になっても現れなかった。10分ほど待ってディレクター室に行くと別件のミーティングをしているようで、扉が閉まっている。

 

まぁ仕方ないかなと諦め、また後でディレクターに話をしにいった。
すると強い口調で、

 

「もしかして今日、Shoichiとスケジュール入れてた?」
「おい、そしたらなんでさっき呼び出さなかったんだ?携帯番号知らないのか?」

 

逆ギレか?と内心ツッコミたかったのだけど、そうじゃない。約束に来ないならその時点で意見を述べなかった自分にも落ち度があるという考えなのだ。忙しくて忘れてしまうこともあるから、約束に来ていなければちゃんと連絡をするようにと。

 

ここでは「忘れる」ということが想像以上に頻繁に起こる。
仕事をお願いしておいても「忘れてた」の一言で済まされてしまうことがあって、ちょっとイラつくことも。もちろん忘れた方にも落ち度があるけど、忘れていることを認識しながら何も発信せず意見を出さないこちらにも問題があるのだ。

 

- 雰囲気だけを優先するのは間違い

とかく自分は空気を大切にしてしまう。この発言でこの後の雰囲気が悪くなったら嫌だなとか、ここで言ってしまったら相手を嫌な気持ちにさせないかな、とか余計な考えを回してしまう。

 

だがこれは裏を返すと「気まずい思いをしたくない」という自己防衛でしかない。しかるべきところで意見を言わないということは、場所に居る責任を果たさないことになる。

 

ディレクターであればショーのクオリティを管理する義務があり、多少の反発を受けたとしても意見と意図を明確に示す必要がある。曖昧な表現をされたら、こちらもどうやって動いていいか分からない。

 

アーティストでも同じこと。ここはよくない、これは改善した方がいいなど、自らの仕事に責任を持つために厳しい意見が必要なこともある。空気を読んで周囲に合わせることも協調性という意味で必要だが、それ以上に大切なことなら発言をしない方が無責任。

 

あとになって何かが起こった時、自分は実はこう思ってたんだ!なんて言おうものなら一気に信頼を失う。

 

- まとめ

自分は人に直球の意見を言うのが苦手だ。その人が友達であったり毎日顔を合わせる同僚であればなおさらの事。できることなら何にも無く穏やかに過ぎて行ってほしいと願ってしまう。

 

1つ良いことは、仮に強い意見を言ってもその場限りで終わらせてくれること。数日間ぐらいはシコリが残るけど、1か月もすれば普通に笑って会話ができるまでに戻る。

合理的というか、こうした割り切った考え方が、強く意見を言っても簡単には信頼関係が揺るがない基盤になってるのだと思う。

今日もドレッシングルームのゴミ箱はキレイだった。

SONYとマッキンゼーとDeNAとシリコンバレーで学んだグローバル・リーダーの流儀

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この記事を書いてる人


縄跳びパフォーマー 縄のまっちゃん
 ※本名:粕尾将一(カスオショウイチ)

全国の学校やイベントで縄跳びをつかったパフォーマンスや出張なわとび教室を行い、子ども達に運動の楽しさを伝え笑顔を引き出す仕事をしています。

【略歴】
全日本チャンピオン、アジアチャンピオン、世界大会6位。2010年よりシルク・ドゥ・ソレイユ常設ショー「La Nouba」に6年間約2500回の長期出演を果たす。