シルクドソレイユのアーティストに学ぶ「いつか失う」を受け入れた生き方

ある時、1人のアーティストが涙を流していました。

不安な顔で「平衡感覚が悪くてまっすぐ歩けない」とフィジオ*1に伝えています。彼女はアクロバット専門。40歳を過ぎても現役を続けてきたベテランです。

 

この仕事は年を重ねるごとに『いつまで?』という恐怖との戦いが顕著になります。

 

自明のことですが運動系のパフォーマンスには年齢的な限界があります。何歳まで出来るかは誰にもわかりません。しかしアーティストはどこかで、自分は永久に仕事ができるのでは?と勘違いしたい生き物なのです。

 

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photo by alpha du centaure

 

- 技を失う事はアイデンティティ喪失に近い

アーティストの技能は一朝一夕で身に付くものではありません。長い年月をかけてトレーニングを重ねた結果、人間離れした技を身に付けます。中には3歳、4歳から競技を始めた人も多く、子供から青春時代まで練習に費やしてきたからこそ世界レベルに到達できたとも言えるでしょう。

 

しかしいくら世界レベルとは言え身体的な限界は存在します。競技から引退した段階で既に20歳〜25歳。ステージに立つ頃にはアスリートとしてはピークは過ぎている人も少なくありません。

 

そしてここから恐ろしい衰えが始まります。

 

最初の身体ターニングポイントは25歳と言われています。長年のトレーニングの代償を払う時がやってくるのです。

ただ体力があるうちはエクササイズやケアで身体を維持できます。問題は次のターニングポイント35歳。ついに「技」の喪失が始まります。

 

ある日突然、技が出来なくなるのです。身体の衰え、感覚の喪失が主な原因だと言われています。たとえば大技の三回宙返りが出来ないアーティストが30歳前後で増え始め、これをキッカケに喪失の岐路に立たされます。

 

これが本当に怖い。

 

気持ちは同じで身体と感覚だけが鈍っていく。あれだけ簡単に出来た技が出来なくなる虚しさは計り知れません。しかも技を失えば、また1つステージからの引退へと歩みを進めることになる。いま出来るこの技も、いつ出来なくなるのか・・・そしてその次は・・・・こうした恐怖と戦い続ける日々が始まるのです。

 

★★

 

人生において1つのことに専心してきたアーティストにとっては、これは死刑宣告にも近い残酷な現実です。引退しても運良くコーチとして仕事を得られる人も居ますが、そう働き口が多くない。では何をしたらいいのか、、、そう思う間にも容赦なく時間は過ぎていき、気付けばまた1つ技を失う。。。

 

先ほど上げたアーティストは平衡感覚が悪くなっただけで涙を流しました。大袈裟にも聞こえますが、こうした恐怖と不安ゆえの涙だったのだと思います。

 

アーティストはこうした悩みを抱え、来るべき日が永久に来ないこと心で願いながら、今日も笑顔でステージに立つのです。

 

- まとめ

あなたにも長い年月を費やして身に付けた専門性はありますか?お金も時間も労力も費やして身につけた技術や知識。その『能力』は果たしていつまで使えるでしょうか?

 

時代とともに求められる仕事は変化していますし、今年使えた能力が10年後に使えるかは不明です。また別の能力を身につける必要があるかもしれません。もちろんアーティストの能力と違い「確実に」使えなくなるとは限りませんが。

 

ちなみにアーティストはどこかで割り切ってます。心では永久の技術を望みながら、来るべき時の事を理解しているのです。

 

ある人は大学院の芸術専攻を修了しました。ある人は「ピラティス」の資格を取得し、個人で教室を開催しています。またある人は別の才能を開花させるべく、演劇のスタジオに通っています。

むしろ「失う日が必ず来る」と受け入れているからこそ、別の事にチャレンジする動機になるのかもしれません。

 

「出来るor出来ない」のようなわかりやすい時限付きではないかもしれません。しかし『いつまでも能力が使える』という発想はアーティストならずとも危ない考え方かもしれません。

*1:シルクドソレイユ専属のアスレティックトレーナー。リハビリやケアをしてくれる人々

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この記事を書いてる人


縄跳びパフォーマー 縄のまっちゃん
 ※本名:粕尾将一(カスオショウイチ)

全国の学校やイベントで縄跳びをつかったパフォーマンスや出張なわとび教室を行い、子ども達に運動の楽しさを伝え笑顔を引き出す仕事をしています。

【略歴】
全日本チャンピオン、アジアチャンピオン、世界大会6位。2010年よりシルク・ドゥ・ソレイユ常設ショー「La Nouba」に6年間約2500回の長期出演を果たす。