犠牲はときに詰め寄ってくる:失った先に見えたブログの世界

Don't cry my love
Photo by Axel Naud

 

みなさんはこの方をご存知でしょうか?

 

はてなブログで一番最初にブログの読者登録をしたのがICHIROYA(id:yumejitusgen1)さんでした。それ以来、毎日更新される記事を楽しみに読ませて頂いています。

kyouki.hatenablog.com

 

しかもつい先月にはブログが書籍化されたほどの人気ブロガー。このブログもICHIROYAさんのブログに影響を受けています。

 

そんなICHIROYAさんの最近の記事の中にこんなフレーズがありました。

毎日書く時間を捻出するために、犠牲にしたものもある。
そのなかで、もっとも辛かったのは、人付き合いである。

出典:ブログをはじめて3年で商業出版に至った話 – ICHIROYAのブログ

早朝にブログを書く時間を作られているとのこと、そのために人付き合いを犠牲にしたといいます。たしかに記事を書くのには時間が掛かりますし、捻出するのは大変です。でも、自分はこれと反対方向からブログに向き合うようになりました。

 

意図せず自由な時間が生まれてしまったのです。

 

- 怪我という深い絶望

我々のような仕事の人間にとって、怪我の絶望感は計り知れません。

 

本当にショーに復帰できるのか、もしこの痛みが消えなかったらどうなるのか、クビになったら仕事はどうするのか、、、マイナス思考のスパイラルを簡単に止めることは出来ません。

 

それでも日々のショーは自分を失っても平然と進んでいく。この事実がより落ち込みに拍車をかけるのです。同じショーに出演する長期離脱を余儀なくされた仲間も、毎晩泣きながら過ごしたといいます。

 

自分も人生で初めて本気で求人情報サイトを見ました。この年齢で何が出来るか、縄跳びしか出来ない人間に需要があるのか、取れない痛みと焦燥感。

 

いま思い出しただけでも押し潰されそうになります。

 

- 怪我の犠牲を払い、時間があまった

怪我で離脱している間、本当に暇でした。ショーのある日はシアターにこそ行きますが、1時間そこらのエクササイズで終わり。縄跳びも跳べずにひらすら筋トレばっかりをする日々。

 

最初のうちはめったに見れないショーを見ていました。でも次第にステージに立てない事が虚しくなり、エクササイズ以外はシアターから距離を取るようになりました。

 

こんな時の思い起こしたのがブログでした。

 

怪我をした事実は変えられないし、時間を戻すことも出来ない。ステージに立つ時間を失った分、自由になる時間を手に入れていたことに気付きました。

 

- 犠牲の裏側に見えた世界

その日からブログの更新を頑張るようになりました。もともと文章を書くのが好きだったこともあり、パソコンに向かっているのも苦痛にはなりません。

 

同時にたくさんのブログを読むようになり、今まで知り得なかったブロガーという世界を垣間見るチャンスを得ました。

 

長期離脱中は、思い出すだけでもシンドイ日々でした。それでもあの時間がなければ、こうして多くの人に記事を発信することはなかったと思います。

 

ICHIROYAさんは人付き合いを犠牲にしてブログを書く時間を捻出したといいます。これは強い意思があってこそ出来ることでしょう。しかし、時に犠牲にするものは向こうから歩み寄ってきます。自分の場合はステージに立つ時間と縄跳びを突発的に奪われ、犠牲にせざるを得ませんでした。

 

ある日突然、何かを奪われ犠牲にしなくてはいけなくなった時。
そこには別の世界への扉が開いているのかもしれません。

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この記事を書いてる人


縄跳びパフォーマー 縄のまっちゃん
 ※本名:粕尾将一(カスオショウイチ)

全国の学校やイベントで縄跳びをつかったパフォーマンスや出張なわとび教室を行い、子ども達に運動の楽しさを伝え笑顔を引き出す仕事をしています。

【略歴】
全日本チャンピオン、アジアチャンピオン、世界大会6位。2010年よりシルク・ドゥ・ソレイユ常設ショー「La Nouba」に6年間約2500回の長期出演を果たす。