期待で自分を縛ってはいけない。見えない誰かに振り回されないために。

Graduation: Clean Slate
Photo by JD Hancock

2014年の10月から先月まで、膝の怪我でショーを離脱していました。

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怪我の原因はいくつも考えられました。練習のし過ぎ、準備運動の不足、補強の問題・・・なかでも一番問題だったのが「期待に沿うための万全の準備」だったのでは?と考えています。

ショーはお客さんがチケットを買って観に来てくれて初めて成立します。自分たちはその期待に沿えるように努力をする必要があります。

一見、すばらしいプロ意識に聞こえます。しかしこの「期待に沿う」が暴走し、心の闇を生み出していました。

心に刺さった高校の時の「お金と仕事」

縄跳びでお金を貰い始めたのは高校3年生のとき。地元のお祭りでパフォーマンスをした謝礼が初めての収入でした。同じころ、知人からお金を貰うとはなんだ?という話を聞きました。

1円でもお金が発生している以上、きみはプロ。
プロとして仕事をしていることになる。

つまり、貰うお金の分だけの責任があるんだよ。

高校生の自分にとってこの話は衝撃的でした。これ以降、1円でもお金が発生する縄跳びの依頼を「仕事」と呼び、責任とプロ意識を持つように言い聞かせました。

あれから10年以上経ちましたが、仕事に対する考え方は変わっていません。依頼主の期待に沿うよう、全力・最善を尽くすことこそがプロである、と信じ続けてシルクドソレイユまで走り続けてきました。

5年前にラヌーバに来た時も同じです。毎回のショーに万全の準備で臨むことが期待に沿うことであると考え、練習や準備に一切の手抜きをしないと心に誓いました。

万全の準備のための5分刻みスケジュール

この考えの元、日々のトレーニングスケジュールが決まりました。

ショーの3時間前にはシアターに入り演技の確認をします。1つでも練習の内容を抜かせば万全でないと感じ、1時間以上の練習を毎日繰り返します。冗談でなく、シアターに入ってからのスケジュールを本気で5分刻みで決めていました。

でも時には、スケジュールを乱すハプニングがありますよよね。緊急のミーティングだったり、突発的な集まりだったり、急遽呼び出されたり…こうした予期しないことでスケジュールを乱されることを、自分は心底嫌いました。「この10分のせいで○●の練習が出来なかった」「この無駄な時間のせいで○●の確認が出来なかった」とあからさまに不機嫌になるのです。

本番のショーで失敗をしようものなら、もう大変。スケジュールを乱されたことへの憤りが加速して、その日はずーっと不機嫌。誰とも殆ど口も利かず、機嫌の悪さを前面に出して黙って過ごす。

きっと周囲は面倒くさかったことでしょう…。

スケジュールをしっかりこなせれば万全、乱されたら万全じゃない。この考え方が自分から余裕を奪っていくことに、当時は気付くことが出来ませんでした。

それ、誰の期待?

怪我の悪化で長期離脱が避けられないと聞いたとき、不思議と心のどこかでホッとした自分がいました。普通ならショーに出れない焦りや不安が襲ってくるところ、瞬間的になぜかフッと肩の力が抜けたような感覚になったのです。

この時になってようやく気付きました。期待に沿うため、万全の準備のためのスケジュールという呪いで、自分自身を想像以上に消耗させていたのです。

ずーっと100%の緊張感で突っ走ってきたら人間は壊れる。つまり、今回の長期離脱の最大原因は「期待に沿いたい心の闇」だったのです。

アーティストはショーでは如何にステージで輝くかが大切です。今日輝くための準備のはずが、いつの間にかスケジュールが万全じゃなければ期待に沿えない!にすり替わっていたことに気付きませんでした。

そもそも期待に沿うと言いますが、誰の期待に沿おうとしていたのでしょうか?それは単に自分で考えた妄想や想像であり、作り上げた一種の虚像だったのかもしれません。

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まとめ

復帰後は「何が必要か?」と自問自答を繰り返す日々。ショーに向かう姿勢をゼロから再構築しているのです。

プロとして自分に求められるのは何か。そして日々のスケジュールに本当に必要なのは何か。実は怪我無くステージに立ち続けることこそ、自分に求められているのかもしれません。

もしかすると、安易な納得に惑わされず自問自答を止めない変化の勇気が、プロには必要なのかもしれません。

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