いつも責任を一人で負おうとする人:無意識に周囲を見下してない?

嫌われる勇気

Scream to avoid suffering in silence
Photo by Dmitry Kalinin

 

先日、アーティストが舞台袖で釘を踏んで怪我をしました。

 

普段ならありえない場所にメンテナンス道具が放置されており、不幸にもショー中の舞台袖で足に刺さってしまったのです。幸い大事には至りませんでしたが「釘を置き忘れた」という状況は問題です。

 

しかし、ここで誰かが「私が置きました」「次から気をつけます」で片付けてしまうと本質的な問題が隠れてしまいます。安易に責任を被って幕引きをすれば再発防止になりません。

 

本当の原因は、外部委託業者やメンテナンスルールという複数の問題が絡まっていました。これらを見なおさなければ再び同じミスが起こることでしょう。

 

責任を被るのは美しく聞こえます。しかしこの事例のように、無思慮に責任を被ることがむしろ全体のマイナスになることがあります。

- それ、あなただけの責任?

同じことはステージ上でも起こります。

 

縄跳びのアクトはソリスト*1以外にも沢山の人が出演します。演技でミスが起きた場合、これまで自分は「ソリストが頑張る」と考えていました。

 

縄跳びに一番詳しいのはソリストだし、修正をするのも自分自身が一番手っ取り早い。多少の乱れもカバーしてしまえば良いのだ、と高をくくっていたのです。

 

でもこれ、実はコミュニケーションを避けていただけ。

 

ミスを指摘されて気分の良い人は居ません。ときには反感を買って口論になったり、ひどい時は「私は悪くない!!」と怒鳴り散らされました。

 

人に何かを伝えるのは、かくも面倒くさい。でもコミュニケーションを避ける事は相手の責任能力を認めないことです。仕事上で相手の責任能力を認めないのは、見下していることと同じと思うんです。

 

- 責任を被り続ければ、崩壊する

目先を見ると、コミュニケーションを避けて自力で解決する方が簡単です。自分が頑張れば良いし誰の反感も買わない。面倒くさいやり取りも必要ありません。

 

でもこれが続くと、次第に自力で解決する部分が増えていくんです。何かが起きても常に自分自身に解決を求める。周囲には助けを求めす、ひとりで全てを何とかしようとする。

 

この行き着く先は「これだけ頑張っているのに…」と滅入って崩壊します。全てを抱え込んで潰れてしまうパターンですね。そして抱え込まれていた仕事は暴発し、むしろ周囲に迷惑を被る結果になります。

 

- 良いカッコせずに、ときには衝突する勇気を

コミュニケーションには根気が必要です。言葉を選んだりタイミングを選んだりと、相手を尊重したやり取りが求められます。それでも拒絶され、弾き返されるかもしれません。でも、衝突を避けてばかりいては何も進みません。

 

自分もあるアーティストと随分やり合いました。お互いに譲らず何度も口論しました。途中でコミュニケーションを諦めた時期もあります。しかも得意じゃない英語で相手の意思を汲み取るなんて、骨の折れる作業です。

 

もし自分自身を騙して相手を見下し、適当に慣れ合っていれば心地よく過ごせます。でもショーは嫌われるどうこうより「良い演技」が最優先なのです。

 

いまも状況は打破できていません。相手も自分を嫌がっていることでしょう。それでも衝突を避けていては前に進めません。

 

- まとめ

仕事は1人で成り立ちません。いろんな人が協力して取り組んでいます。

 

同僚にもしかるべき責任があります。あなたが肩代わりすれば、早く進むかもしれません。でもそれは相手を見下し、仕事を奪うことに繋がります。

 

誰かを認めるとは、しかるべき責任を負ってもらう事ことなのかもしれません。

 

嫌われる勇気

嫌われる勇気

*1:縄跳び専門で演技をするアーティスト。自分達のこと

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嫌われる勇気

この記事を書いてる人


縄跳びパフォーマー 縄のまっちゃん
 ※本名:粕尾将一(カスオショウイチ)

全国の学校やイベントで縄跳びをつかったパフォーマンスや出張なわとび教室を行い、子ども達に運動の楽しさを伝え笑顔を引き出す仕事をしています。

【略歴】
全日本チャンピオン、アジアチャンピオン、世界大会6位。2010年よりシルク・ドゥ・ソレイユ常設ショー「La Nouba」に6年間約2500回の長期出演を果たす。