批判を排除してはいけない。alttype本人と演技評価を切離す必要性。

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Photo by Nic McPhee

 

ダブルダッチプロチーム「alttype」のAsia’s Got talent挑戦の結果が出ました。結果は残念ながらセミファイナル敗退。alttpeのファイナルへの道は叶いませんでした。

 

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alttypeはセミファイナルでリスクを取りました。予選の演技を一変させダブルダッチと表現の融合に挑戦したのです。アジア5億人の前でリスクを取った彼らの勇気は見事でした。

 

その一方、外部から受ける評価と批判に対する課題が残ったと感じました。

- alttypeの演技は賛否両論だった

alttypeのセミファイナル演技は審判から酷評されました。予選のような演技を期待していた、君たちにはガッカリだ、と厳しい言葉が続きます。

 

またYoutubeに公開された映像も賛否両論。最悪の演技だとバッサリ切り捨てるものから、alttypeの挑戦を称賛する声まで。日本国内に限らず海外からも活発なコメントと議論を呼んでいたのは注目すべき点です。

 

ただ自分が気になったのは、日本語の批判的なコメントが殆ど無かったこと。日本人同士で応援する気持ちもあってか、批判的なコメントに対してalttypeを擁護するようなメッセージも見受けられました。

 

- 批判を排除してはいけない

日本人同士応援するのは良いでしょう。またalttypeのファンとして批判的なコメントに対抗したい気持ちも分かります。

 

でもこの空気だと「応援してます!」みたいな無難な意見しか出ません。この状況って双方にとってマイナスに働いてしまうんです。

 

なぜならここに批判的を排除する見えない圧力が生まれてしまうから。こうした圧力のせいか、セミファイナルのalttypeへの審判コメント対し「ダブルダッチを分かってない!!」「審判がダメダメだ!!」といった的外れな意見すらありました。

 

感情は理解できます。でも批判と誹謗中傷は違います。批判的なコメントを別の視点で捉えれば、期待に対する建設的な意見なのです。

 

- ダブルダッチと表現の融合の現実

あえて言っておきます。ダブルダッチと表現の融合はまだまだ草創期です。表現に挑戦したチーム数も少なく、表現を学んだり舞台で経験している人も多くありません。

 

つまり日本のダブルダッチと表現の融合は、まだまだ世界で通用しないんです。表現に対する世界の壁は想像以上に高く、これは受け入れなくてはいけない事実です。

 

この視点で見れば、セミファイナルのalttypeの演技もまだ発展途上だった。ゆえに批判的なコメントが飛び交い、様々な意見が議論されたのだと思います。

 

- 評価を捻じ曲げてはいけない

alttypeは素敵な人達です。心からダブルダッチ愛し、溢れ出した愛情で周囲を包み込むようなチームです。でも演技とalttypeの人間性は別物。彼らの演技なら何でも素晴らしい!!というのは違います。

 

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批判を排除する空気が支配すれば、本来の評価は捻じ曲げられてしまいます。

 

良いモノは良い。悪いモノは悪い。

 

数字で明確に割り切れないパフォーマンスにこそ、こうした率直な意見が言える空気が大切なのです。

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この記事を書いてる人

縄跳びパフォーマー 縄のまっちゃん


「縄跳び」だけで生きているプロの先駆者。

縄跳びを通じ「運動きらい」を減らすため、全国の小学校やイベントでパフォーマンスと縄跳び教室を開催。

→ シルク・ドゥ・ソレイユ「La Nouba」出演
→ 元・全日本・アジアチャンピオン
→ 月間50万PVブロガー(2016年12月)
→ 学校訪問数400校以上