中高生キャリア教育で「道を切り開いた人」の説得力に勝るモノはない

こんにちはー。縄跳びパフォーマーの粕尾将一(@macchan8130)です。

たまに「中高生のキャリア教育」の講師として招かれることがあります。

卒業を控えた中学生や、進路決定を間近に控えた高校生。「縄跳びパフォーマー」という特殊な職業ですが、大好きな縄跳びを仕事にしたということでお話をさせてもらいます。

では、受験を控えた中高生にとって「進路」とはなんでしょうか?

それは「どこの学校を受験するか?」「どの企業に就職するか?」に集約されていきます。そりゃ「キャリアを考える」とか言われても、自分だってピンときませんよ。

キャリア教育といって、決めつけてない?

まず、自分自身キャリア教育を受けた記憶はほぼありません。

唯一記憶に残っているのが、就きたい職業を調べてポートフォリををまとめ、学期末に提出するもの。(提出しないと単位がもらえない)

これってどんな意味がありますかね?

たしかに「調べること」はしました。企業名を見つけたり、業種を調べたり。インターネットでなんとなく「なわとび プロ」とか検索しました。

でも結局は「このキャリアを積むのに、いま何が必要か?」に集約していきます。そして最後は「どこの学校を受験するか?」になっていく。だったら最初からキャリア教育とか言わずに「受験したい学校や企業を調べろ」で済むはずです。

どうしても「キャリア=受験・就職のための道筋」の図式を当てはめられてるように思えてなりません。

選ぶために必要なのは「決心」だと伝える

キャリア教育に必要なのは「決断する力」を見せることだと考えています。

学校を選ぶのも就職先を選ぶのも、はたまた受験も就職もしないのも、すべては「決断」が必要です。

進路や将来について考え始める中高生にとって、こうした決断のリアリティを伝えるのが一番だと思うですよ。甘っちょろいもんじゃない、選択の自由と責任を意識させる。

皆がやってるから、私もやろうかな。これはキャリアを創ってるとはいえません。判断を周囲に同調させてるだけ。

本気だったら「なぜここに行く必要があるのか?」「何を求めているのか?」まで真剣に考えて欲しい。何となく直感で判断するのは良いでしょう。しかし自分以外の誰かに判断を委ねるのはオススメできません。

こうした厳しさをもっと伝えることが、キャリア教育には必要だと思うのです。

誰しも道を切り開く力がある

キャリア教育で決断のリアリティや厳しさを伝えるのに、オススメしたいのは「道を切り開いた人」ですね。

誰もやっていなかったことに挑戦してる人、もうこれ以上の説得力はありません。

受験も就職も皆やるんですよ。でも道を切り開く人って、どこかのタイミングで「皆と同じじゃダメだ」と気付いた人。でも周囲とズレないほうが生きやすいのでこっち側に行く人は絶対数が少ないんです。無難に生きていく選択肢だってあるんですから。

それでもあえて「こちら側」に来た人の言葉には、決断の生々しさがある。この生々しさこそ、中高生に伝えたいリアリティなんです。

自分は誰にでも「道を切り開く力」は有ると考えてます。ただそのための決断をしてるかどうかの違いです。

なにも「全員こちら側に来い!」といってるわけじゃなく、キャリアや将来を考えるのはこういうことなんだよ!と伝えたい。その上でどちらを選ぶかを本人の力で決断すればいいんです。

おわりに

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photo by andyburnfield

縄跳びに出会ったことをキッカケに、自分は縄跳びに全力を注ぎました。一方で学業の方は右肩下がり…。お世辞にも褒められた成績ではありません。

大学卒業間近。周囲が就職活動や公務員試験を受ける中、自分は何もせずにひたすらに縄跳びに打ち込み「なわとび教室」を拡充しました。

周りと同じなのが悪いわけじゃありません。しかし周囲の人に影響されて「決断」を鈍らせてしまっては、いつまでも地面に足がつかない。

やりたいことはなにか。何を求めているのか。これらは年齢や環境で変わっていくもの。ただいつも大切なのは「決断できる力」です。この力を伝えることこそ、キャリア教育に必要なことではないでしょうか?

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