教える人に必須な三つの覚悟。子どもに責任を押し付けてはいけない。

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こんにちはー。縄跳びパフォーマーの粕尾将一(@macchan8130)です。

調べてみると日本中に縄跳びを教える教室やクラスがあるんですよね。体育の家庭教師や体操教室なんかでも縄跳びを教えてる場所がありました。

こうした場所では未就学児や小学生を対象に縄跳びが上手になる練習方法!!とうたって生徒を募集しています。二重跳びはやぶさあたりを教えてるんですかね。

ただ、いざホームページを見てみると「この人は本当に縄跳びを知ってる?」と疑問に感じることも。

縄跳びって、誰でもできるからこそ誰にでも教えられると思われる風潮があるんですよ。

1. 専門の人じゃなくても教えられてしまうジレンマ

たとえば「前まわしとび」を子どもに教えるのは半分以上が応援ともいえます。子どもに寄り添ってモチベーションを維持してあげることが上達にとって一番重要ですからね。

つまり一緒に練習して応援して挙げられる大人なら、誰でも縄跳びが教えられるの?と思われても不思議はないんです。実際、誰にも教わらずに縄跳びが上手になる子どもだってたくさんいますから。

こうなると自分も含めてなにかを専門で教える人の存在意義が危うくなります。別に専門的な人に教わらなくても上手になれるんなら、そりゃ安価でお願いできる人に頼みますよね。

では本当に専門家に教わるメリットは無いのでしょうか?15年以上も縄跳びに命を懸けてきた人間として、意地をもってこれに反論したいと思います。

2. 教える人と応援するだけの人の違い

- 1.知識の幅が圧倒的に違う

誰にでもできる指導法は「応援」です。頑張れ!頑張れ!!もうちょっとだ!!とポジティブな声掛けを続れば、ある程度までモチベーションを落とさず練習を続けさせることができます。

しかし「なぜできない?」の質問に答えることができないんですよ。

たとえばあやとびなら交差の時に腕の位置が正しくてもロープと持ち手のつなぎ目が上を向いてるとダメだよ!といった、細かい運動のポイントを見抜くことができない。

応援だけで上達できる範囲は良いですが、壁にぶつかったら一気に精神論・根性論になってしまいます。

- 2.適切な課題を出せない

目的となる技があるとして、応援を続ければ練習量が増えて達成できる可能性は増えます。ひたすら毎日跳んでいれば、1年もすれば二重とびぐらいできるようになると思います。まぁ1年間もモチベーションを維持させる応援ができる人は、それはそれでスゴイと思いますけどね。

ただ、専門的な知識が無いと課題を作ることは出来ません。

今のレベルがここで目標地点これで、不足している技能を補うには何を教えればいいのか。こうした理屈で説明できる課題設定ができないんです。

課題の設定は繊細で難しいです。簡単すぎれば飽きてしまうし、難しすぎれば子どもはやる気を失います。スレスレを狙って課題を作るのは、誰にでもできることじゃありません。

- 3.責任の所在を引き受けられない

これが一番の問題ですね。子どもが思うような上達ができなかったとき、責任を子どもに被せる人がいるんです。

「がんばって教えましたけどまだこの子は時間がかかりますねー。」

このフレーズには全く具体性がありません。強くいえば、子どもの頑張りが足りないからまだできないんですと、責任からヒッソリ逃げてるんです。

もし責任を持って教えるなら「これこれという練習をしましたけど、思うような効果が出ませんでした。次は○○を達成するため、こちらの練習を取り入れてみます」と具体的な落ち度や現状を説明できるハズなんです。

もちろん運動ができるようになるには個人差があります。時間がかかる場合も、練習の効果が思うように出ない場合もあります。ただプロとして教えるからには結果に対する説明責任を負わなければいけないのです。

3. 専門ゆえの価値がある

Teacher

子どもが何かを学ぶとき、周囲の大人が寄り添って応援するのは重要です。縄跳びでもそれは同じことです。

では応援だけで算数ができるようになるでしょうか?漢字の書き取りができるようになるでしょうか?

ちゃんと教えるには「課題を見抜けて・課題を設定できて・結果に責任が持てる」の三つが必須だと思うのです。