努力に目標とゴールは必要だけど、こだわらない方が良い

こんにちはー。縄跳びパフォーマーのまっちゃん(@macchan8130)です。

競技で実績を残したり、シルクドソレイユの舞台に立ってきたお陰で、それはそれは、もの凄い努力家なんですよね!?という質問を受けることがあります。

たしかに練習はメッチャしてきました。あの時間を努力と捉えるならば努力を続けてきたのかもしれません。

でも「努力が直接未来につながってる」に違和感があるんですよね。

1. 先を見据えるには限界がある

たとえばスポーツの練習が分かりやすいですね。

大前提として、どれほど努力をして時間を費やしてきても求める結果を得れるとは限らないんです。毎日厳しいトレーニングをしても確実にオリンピック選手になれるわけじゃありません。同じだけ努力したとしても、報われる人とそうでない人がいる。

残酷ではあっても紛れもない事実なんです。

こう考えると「努力がダイレクトで◯◯」という考え方には少し無理があるんですよね。結果論として努力はしてるんですけど、実は運だったりタイミングだったり、努力以外の要因が少なからず関係してるんです。

つまり、努力をして先に備える!のには無理があるのですよ。

2. 努力の結果は一つとは限らない

もう一つの視点として、誰しも先を見据える能力の精度はたかがしてれているんですよ。裏を返せばあなたの将来は可能性がたくさんあって、どのように変化していくかは誰にもわからないのです。

サッカー選手として努力を重ねてきたけど怪我で引退を余儀なくされた人が、ある時から別の種目に取り組んで才能を開花させて世界チャンピオンになった。こんな話は枚挙に暇がないです。

努力の本質は「どうなるかわからない」です。「努力の結果がどう化けるかは分らない」なのです。

一つに必死に取り組んだとしても、あなたが求める結果を得れるとは限りません。他の誰かにポジション争いで負けるかもしれないし、不慮の怪我で引退を余儀なくされるかもしれない。

でも努力してきた過程と時間は誰にも奪うことはできません。これらの努力の軌跡が、思わぬ形で実を結ぶことが少なくないのです。

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3. 努力には目標は必要だが、こだわらないほうが良い

人は目標があると頑張れます。目標に向かって習慣を作っていくことに快感すら覚えます。

しかしその「努力」とよばれる行動や活動がどのように報われるか、誰にも分かりません。あなたが思い描いた場所とタイミングで、思い通りに報われるかもしれません。もしかしたら思っていたのと違う人や場所から評価されるかもしれません。

フトあとから思い返してみて「あの時の経験と努力が役に立ってるんだなぁ」とシミジミすることもしばしば。不思議な化学反応で、思わぬ報酬を届けてくれるんです。

ただしゼロに何を掛けてもゼロのまま。努力の化学反応を生み出すためには、日頃の努力や習慣は大切なことには変わりありません。

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